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【関西あれこれ アニバーサリー】虹のまち 開業40年(産経新聞)

 ■演出多彩 地下街のイメージ一新

 大阪・ミナミの幹線道路、千日前通の下に長く延びる地下街「なんばウォーク」。年配の大阪人には、旧名称の「虹のまち」と言った方がピンとくるかもしれない。今年で1期部分開業から40年。高度成長期に各地で地下街がオープンする中、かつて日本一の面積を誇ったミナミの象徴は、華やかなネーミングにふさわしく、最先端の都市計画に基づいて建設された“巨大地下都市”だった。(八木択真)

 「虹のまち」は、大阪市などが出資する「大阪地下街」が建設し、昭和45年、大阪万博開幕の9日前に開業した。東西約800メートルにわたって広がり、翌46年開業の2期部分と合わせた延べ床面積は、甲子園球場1個分にほぼ相当する約3万7700平方メートルにおよぶ。

 自然光が届かない地下街なのに、虹のまち。ネーミングには「人と街を結ぶかけはしに」との思いが込められていた。2期開業の年に入社した塩足康二さん(61)は「地下街というと薄暗くてしけたイメージがあったが、それが払拭(ふっしょく)される明るさがあった」と振り返る。

 テーマは「自然のある地下街」。天井に7色の照明で虹を表現し、本物の木を植えた森や、多彩な演出で噴き出す水幕に虹を投影する噴水広場も設けた。塩足さんは「噴水に虹がかかると、お客さんから『おー』と声が上がった。今でも通用する斬新さだったと思う」と懐かしむ。

 趣向を凝らした仕掛けは集客で先行する大阪・キタの地下街に対抗するためだった。当時の新聞は「地下街の南北戦争」と報じた。

 東西一直線に店が並ぶ構造は、千日前通の拡幅工事に伴って計画されたためで、迷路のようなキタの地下街とは対照的だ。当時最先端の都市計画に基づき、阪神高速、千日前通、虹のまち、地下鉄など「5層建て構造」が同時に整備された。

 しばらく華やかな時代が続いたが、バブル崩壊後は客足の減少に悩んだ。平成6年のリニューアル工事でシンボルだった虹の照明や自然を表現した広場は姿を消し、なんばウォークと改称。だが、移り変わりの激しいミナミの地にあって、21年度の売り上げ(約175億円)は14年度の約8割の水準にとどまっている。

 ただ、客を引きつける個性的な店がオープンする一方、数は減ったものの開業当時から続く“老舗”も残っており、新旧の融合が楽しめる魅力は健在だ。

 昔ながらの居酒屋に入ると、スペインからのバックパッカーたちが、ぎこちない手つきで刺し身にはしを伸ばしていた。身ぶり手ぶりで応対する店のおばちゃんは「最近は外国人が増えたねえ」と笑顔。最新の文化と庶民的な雰囲気が交ざり合うミナミの空気は、時代を経ても変わらない。

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